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60年前の記憶を手繰り寄せながら作ってみた

故郷では、日々の生活に必要なものは可能な限り手作りしていた。庭を掃く箒(ほうき)もその一つである。

父は年に数本の箒を作っていたが、熟練された手さばきの器用さと出来上がっていく美しさに私たちは見惚れていた記憶がある。そして、子どもたちの背丈に合わせて作ってくれた箒は実に使い勝手がよく、いつまでも大切にしていた。

さて、我が家の箒が壊れたので、60年前の記憶を手繰り寄せながら作ってみることにした。竹の棒に竹の細かい枝を縛り付けただけの簡単なものであるが、そうやすやすとうまくは行かない。悪戦苦闘二時間、何とか出来上がったが、掃いてみると穂先がくるくる回り箒の役目を果たさない。壊れた箒をよく見ると回転止めの竹櫛が刺さっていた。

なるほどと思いつつさらに挑戦を続け、回転はしなくなり、掃けるようにはなったが、記憶の中にある箒の穂先は丸ではなく平らであった。さらに記憶を手繰り寄せ平らにすることができた。

買いに行けばワンコイン前後で購入できるものである。何も二時間もかけて作るようなものでもないと思いつつ。
先人の日々の生活を少しでも便利にしたいという工夫と知恵のすごさはすごいと思う。

現代の生活は60年前と比べてみると実に便利になった。しかし、それと引き換えに何か大切なものを置き忘れてきているようにも感じる。

今の便利さを否定するつもりは全くないが、これからも「ただ、やってみたい」という気持ちも大切にしていきたい。
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