私の記憶の中にある鬼火焚き
私の記憶の中にある甑島・中甑(なかこしき)の鬼火焚きは60年以上も前の出来事ですが、その時の記憶は鮮明に残っています。
12月になると地域の青年団を中心にして山に入り。島に自生するヘゴ(ヘゴ科の常緑性のシダ)を刈り取り、それぞれの体力合わせた大きさにしてもらい、それをしょって町はずれの砂浜に運び込むことから始まり、年明が明けた正月7日には各家庭の門松やしめ飾り等を集めて回り、砂浜に山のように積み上げ、ヘゴと一緒に焼き、一年の無病息災を願う伝統行事でした。
7日の夕方になると、地域の子どもからお年寄りまでが砂浜に集まり、青年団が火をつけて、いよいよ鬼火焚きの始まりです。
(掲載してある写真は薩摩川内市より提供していただきました)
枯れたヘゴは真っ黒な煙をもくもくと巻き上げながら天高く昇っていきます。また、門松と一緒に飾っていた竹は火の勢いが増してくるとまるで爆竹の様な大きな破裂音がして、子どもたちは耳をふさいで驚いていました。
参加者は赤々と燃え盛る火を遠巻きにながめながら、寒さを忘れて鬼火焚きを楽しみます。しばらくして燃え盛る火が落ちつき始めると、竹竿の先にくくりつけた針金に持参した餅を吊るして、火にあぶり焼けるのを待ちます。本来は置き火になったところに餅をかざして焼くのですが、それを待ちきれない子どもたちは我先にと炎に餅をかざし、こんがりとではなく表面だけが黒く焦げた餅を口に運びます。半焼けの餅に息を吹きかけながら少しずつ食べるのですが、口の周りは炭で黒くなっていたように思います。
青年団や地域のおじ様たちは餅の他にスルメイカや島特産のきびなごをこんがりと焼いてそれを肴にいっぱい楽しみながら、様々な話題で語り合っていました。故郷甑島の伝統行事の一幕です。
しかし、私の記憶の中には『もう一つの鬼火焚き』の思い出があります。
7日の夜は鬼火焚きを済ませて家に帰り。風呂に入って暖かくなった体で布団に入り眠りにつきます。翌日目が覚めると父親が待っていて、私たち兄弟3人を庭に連れて行ってくれます。父からは「あちらこちらに餅が落ちているので拾って集めなさい」とのことです。
井戸のそばには水の神様、竈のそばには火の神様、大きなミカンの木の根元には木の神様、白菜畑の根元には土の神様、石垣の上には垣根の神様、玄関のそばには家の神様、そして風の神様は屋根の上と、屋敷の周りを集めて回ります。
集めた餅は、母親が炭をおこした囲炉裏の上に置かれ、こんがりと焼きあがるのを待ちます。その間父からは、「昨夜の鬼火焚きの煙はどんな感じだったか」と聞かれ「真っ赤な炎と黒い煙が勢いよく空の上に舞い上がって行った」と答えると、「その煙は天にいる鬼のところに届き、その煙が鬼の目に染みて鬼は泣き出して涙をこぼし、その涙が天から降ってくる途中に餅になり、それぞれの神様のもとに落ちてくる。それをいただくと一年間風邪などをひくことはないからたくさん食べなさいと」と話してくれた。
この餅は、父親が私たちより早く起きて、屋敷のあちらこちらに置いたものであるということはわかっていましたが、父親の話にうなづきながら聞きいっていると、家の周りにはいろいろな神様がいらっしゃり、そのようなことが本当にあるかもしれないと幼心にそう思っていた。そしてその話を一緒に聞いていた母はただ、にこにこしながら餅を焼き続けてくれた。今振り返り見て「幸せとはこのようなことだったのかもしれない」と思うことがある。
このような話はほかに聞いたことがないので、ひょっとしたら父親の創作話かもしれない。しかし、正月が来るたびにこの話を思い出し、58歳で旅立った父親の笑顔、94歳で旅立った母親のにこにこした笑い顔、そして58歳の若さで旅立った心優しかった弟のことを思い出す。
※60年前の記憶ですので本当の筋とは違っているところもあると思いますので、その点はお許しください。
<鬼火焚きについて>
日本全国ほとんどが、「どんど焼き」と表記されており、京都・北陸が「左義長(さぎちょう)」、九州が「鬼火焚き」となっているようです。またその由来は諸説あるようですが、平安時代に陰陽師が扇子や短冊を竹と一緒に焼いたことが、庶民に伝わって現在のような形になったともいわれているようです。(ホームページより抜粋)
長い文書をご一読いただき大変ありがとうございました。
中能孝則
写真をご提供いただいた鹿児島県薩摩川内市のホームページです。https://www.city.satsumasendai.lg.jp/www/index.html
薩摩川内市映像ライブラリーでは、薩摩川内市の観光案内もされています、私のふるさと甑島の動画もあります(その他の動画配信)ので、ぜひご覧いただければと思います。
そして、コロナでも落ち着きましたら、薩摩川内市へ是非お出かけください。訪れたあなた様の心を癒してくれことは間違いありません。新幹線は大坂から最速3時間50分。東京からは6時間30分程度で到着します。一杯飲みながら語り合い、そしてひと眠りしたころには、川内駅に到着いたします。